お侍様 小劇場
 〜枝番

   “本日はお日柄も良く” (お侍 番外編 122)



     2



長月に入っても依然として残暑厳しい日々だったものが、
今年幾つ目だろうか列島に擦り寄って来た台風がらみの雨の後、
湿気も追い出した格好で、一気に爽やかに晴れ渡った秋晴れの空の下。
前庭や周縁をすっきりと見通し良くフラットにととのえた教会は、
荘厳な中にもモダンな趣き。
ホテルに隣接したブライダル向けの施設なせいか、
立派な祭壇もあるものの、
そこへと伸びる赤絨毯の通路の真上には天窓を大きく取られており。
そこから差し込む金色の秋の陽射しが、
堂内や集う人々を明るくやわらかく照らしていて。
参列者席はさほど埋まってはないけれど、
そんな様相であることへも動じることはないままに、
祭壇前にて花嫁を待つ七郎次は。
自前の金の髪を、背中へまで垂れるほど延ばしたまんまという、
この年頃の、少なくとも一介のサラリーマンには少々珍しい頭なその上に。
均整の取れた肢体に、白皙の美貌も隠しようのない、
つまりは“美丈夫”であるがため。

 「…ステキよねぇvv」
 「モデルか何か、なさっている人かしら。」
 「それにしては見ないお顔よねぇ。」
 「でも、普通のお勤めなさっているとも思えないし。」
 「そうよねぇ。」

美容師さんとか? スタイリストとか?
居合わせた女性らが、こそこそという小声ではあれ、
一体何者なのかしらと取り沙汰する気配が間断無く立つのも頷ける。
フォーマルであるタキシードにまるきり負けぬ、
かっちりとした肩や伸びやかな背条に、
衣装のラインに助けられる必要のない脚の長さも素晴らしく。
そして何よりも、
こういう場に身を置き、衆人環視のただ中にあっても、
怖じけず怯まず、そわそわ焦らず。
ごくごく普通の待ち合わせででもあるかのように、
今日本日の大切なパートナー、
麗しき花嫁が姿を現すのだろう大扉のほうを、
自然な態度で見やって待っておいで。
そんな凛々しくも清潔な印象が、目映いほどの誠実さとして冴え映えて。
居合わせた皆様からの好印象を集めてやまぬ。

 「……っ。」

そうこうするうちにも、
そんな彼の口許へ、ふと…莞爾な微笑がふわりと浮かび。
式の流れよりも彼自身をこそ うっとりと眺めていた女性らが、
あわわあたふたと我に返ったその空気を、
甘やかに されど粛すよに、
祭壇側の隅に据えられたパイプオルガンが、
ゆったりとした音楽を奏で始める。
そういう段取りは、聖堂の外のスタッフから中へと
何かしら合図があってのことだろが。
結構距離があるその上に、
こちらのホテルの看板の一つでもあるため、
厳格にして豪奢な作りの聖堂ゆえに、
大扉だって風格ある威容を醸すべく、頑丈で分厚い建材が使われており。
それを透かし見たかのように、
合図も何もないうちから、彼が一番に花嫁の入場に気がついたことが、
のちにも関係者の間でちらりと話題になったとか。
だって、どうやったって感じ取れるはずのない気配を察しただなんて、

 どれほど魅力的な花嫁だったか
 そうさな、花婿が岡惚れしていればこそだ

などという取り沙汰、されてしまっていたからで。

 “〜〜〜〜〜〜。”

冗談ではないぞと、
参列者の席に着いていた次男坊が、
そんな空気をこそ察してのこと、
むむむと口許をひん曲げたものの。
そんな自分の方をちらりと見やった、
七郎次本人の視線に宥められていては世話はなく。

  そうしてそして。
  皆様お待ち兼ねの式典が始まる。

十分に明るい聖堂だったはずだが、
それ以上に明るいのだろう、向背から照らす陽の目映さに、
そこに立つ存在の輪郭が白く溶け込みかかったほど。
初秋の陽射しから生まれたような、
ほっそりとした花嫁は、瑞々しいまでに若々しくて。
しかもこちらは、
どんな色合いを持って来てもその若さが圧倒しちゃうからか、
ドレスにベール、ハイヒール、
手にしたブーケのリボンまで、紛れもない純白の装いで。
すんなりと細い首条や、華奢な肩をあらわにしてこそいるが、
胸元や腰までの部分は、
さほどデコラティヴに凝ったデザインではないシックなラインのそれ。
そして、キュッと絞られたウエストから裾へかけては、
内へ何重のペチコートがひそんでいるやら。
扉つきのガラスケースに入ってそうな、フランス人形よろしくという、
若しくはロマンチックなデザインの、レトロなランプシェードを思わせるシルエット。
よくよく見ると、長さがアシンメトリになった生地を
右から左からと交互にかぶせた、可憐なドレスは
逆さに伏せたチューリップみたいでもあり。
小柄でほっそりとした清楚な花嫁には、それはそれは似合いのいで立ち。
そんなドレスの清楚さごと、
オーガンジーレースのベールにくるまれて、
ひじまであるシルクの手套をした華奢な腕を預けているのは、

 「………?」

痩躯ながら頼もしい印象のする、
花婿と大差無いくらいの年頃の男性であり。
バージンロードをエスコートするのは、花嫁のお父様…のはずなのになと、
そのくらいは知っていた久蔵が小首を傾げる。
そちらさんもグレイの
フロックコートタイプのフォーマルをまとった介添え役は、
手入れのいい黒髪を、だが、女性のセミロングほどに伸ばしておいでで。
色こそ違うが七郎次と同じよう…とも言えるかも。
いかにも厳粛な儀式に則ってのこと、
そこへと足跡を刻んでいるかのように、一歩ずつをゆっくりと進む彼らであり。
それを待ち受ける七郎次はといえば、
自分もまた、立ち会い人か参列者であるかのように、
柔和な微笑みを保ったまま、
花嫁が届けられるのをゆったりと待っているばかり。
天窓からの陽だまりの中に立つ、
玲瓏透徹、存在そのものが透明感に満ちた彼の姿は、
ただ立っているだけでも様になっていて、
人々からの視線をするすると集めており。

 「……。」

端正と一言で片づけるなんて言語道断、
涼しやかな目許に通った鼻梁、
骨張らずすべらかな頬と連動し、甘くほころぶ口許は、
繊細ながらも決してなよやかな気配は醸しておらず。
かっちりした上背が映える、すっきりとした立ち姿の、
何とも凛々しいことと言ったら。

 「〜〜〜〜。///////」

判らない奴はもうもう判らんままでいい。
俺だけのシチでいればいいのだ、
お父さんが一生一緒にいるぞ、うんうんと。
おっ母様からの親離れ出来とらん存在が
一丁前なことを思ったほどの惚れ直しに
うっとりしているうちにも、
花嫁がすぐ真ん前まで ようよういざなわれ。
介添え役の男性の手によって捧げられた可憐な手が、
新郎である七郎次の手へと託される。
そこはさすがに、
まだ若々しい女性のそれと比べると頼もしい大きさの手であり。
そのまま祭壇に待つ牧師様のところまでへと並んで進む。
花嫁のお嬢さんは本当に瑞々しい美人さんで。
明るい色合いの髪は、
毛先にかけてのウェーブが軽やかな動きを与え、
深いところからの白がそのまま滲み出しているかのような、
見ていて吸い寄せられそうになる色白の肌をしていて。
それなりの名家で育ったというだけのことはあり、
所作や表情、身ごなしが一つ一つ冴えていての無駄がないのは
お作法を当たり前のこととして叩き込まれているせいか。
それとも、幼いころから習っておいでの
バレエの中にて身につけた機能美か。
しゃんと伸ばされた背条は、そのまま、
ドレスの嵩の中に埋もれているほど か細いながらも
強靭な腰であることを感じさせ。
牧師様の前で足を止め、
身元の確認と宣誓、誓いの言葉という儀式が進んでゆく間も、
その細い背中は揺るぎはしない。
繊細な、いっそか弱いほど頼りなげな横顔のラインは、
だが、その内側に毅然とした表情を支えており。
撮影班の数人がひたりと間近まで寄り付いても
なんら動じることはなく。
それどころか彼らを空気扱いしての堂々と、真っ直ぐ前を向き、
この世にあり得ないほどの麗しい花婿にさえも、
余り感情は浮かべず、含羞みもしないままのお顔を向けて。
互いを愛すという宣誓から、宣誓書へのサイン。
そして、指輪の交換に至るまで。
型通りの婚礼の儀式を着々と淡々と進めてゆくばかり。
対する七郎次はといえば、
挙手や所作のどれをとっても優美で丁寧、
時に、相手の声や頷きを、
この世に二つとない宝物を包み込んで受け取るかのように、
それはそれは寛容で甘やかで。
そんな恭しさへも、
花嫁側の過ぎるほどの冷静さは一向に変わらずだったので。
それはないだろうと、微妙に久蔵の方が
ちりりと苛立ちを覚えもした間合いが何度かありはしたけれど。

 『まだ学生さんですもの。』

緊張する中で自然な態度やお顔をするってのは、
案外と難しいもんなんですよ、と。
七郎次が後日、彼女に代わって弁明していたし、
ああまでカメラマンが至近へ張りついては、

 “…俺なら。”

意識する前に反射で蹴り倒しているかも知れぬ。
それを思えば、毅然としていられることへこそ
大したことよと褒めるべきかも。

  とはいえ

 「……では、誓いの口づけを。」

いよいよのクライマックスがやって来て。
背後へだけでなく、顔の側へも長々と、
頭のティアラから降ろされての、
小柄な彼女をブーケにするかの如くに
くるりと覆っていたオーガンジーレースのベール。
その裾を臆しもせずの手際良く、だが、
丁寧優雅に、七郎次がそおと持ち上げて差し上げれば。
そんな薄絹ごときでも、あった意味はあったようで。

 「  …。///////」


   あ。

   赤くなった。


ここまではどこか昂然としていて、
凛々しいまでに強腰の、
そう、よく言う“クールビューティ”という感の強い
頼もしいまでの強気な雰囲気をまとっていた彼女が。
七郎次の手の陰にさえ、
微かながらもおどおどと視線を揺らしている。
ああ、何で誰も気がつかぬのだ。
第一、そんなところまで撮影し続けるなんて、聞いてない。
口許が薄く開いたのは緊張による震えのせいだと、どうして判らぬ。
女子の気持ちくらい察してやらぬかと、
兵庫からさんざん注意されてる俺でさえ、


  ………何でだろ。
  こうまで、良く判るのは。

  そして、どうして

  他でもない七郎次が、
  まるで気がつかぬ素振りでいるのだろうか。


彼女の小さなお顔の一番下。
細い顎を縁取るおとがいのラインへ触れるか触れぬか、
そんな辺りへと両の手をそおと差し伸べてかざせば。
優しく見下ろされていることもあり、
その視線に導かれたか、
固まりかかっていた彼女のお顔がかすかに仰向く。
人は仰向くと、無意識に口がゆるんで ともすりゃ開いてしまうもの。
まだ判りにくいほどだったのが、
ちらり、真珠のような歯の影が薄く覗いたほどになり、
清楚な少女のお顔に、薄化粧だからこそ判る含羞みの朱色が浮かぶ。
ああ、本意ではないのになと、
それが判っている者らが“ああああ〜〜っ”と
ついのこととて声にならない声を胸中にて挙げかかったその瞬間に、


  「………ここまでで十分でしょう。」


少女のおとがいと頬とを包みこむような
位置と形でひたりと止まった手の持ち主が、
右手の人差し指を立てると、
チッチッチッとワイパーのようにしてデジカメの前で振って見せ、

 「あ………ああ、そうですね。はい。」

穏やかなお声ながら、されど…深みがあって重いという、
厳然としていて揺るがぬ芯を保たせた声音。
世渡りに長けているような、
若しくは、小株は機転を利かさにゃ大きい仕事は取れぬと
交渉術や駆け引きをそっちの方向でわきまえてるような、
そんな人へと言い聞かせるための、
絶妙な言い方をした七郎次であったようで。

 『悪気はなかったのでしょうね。ただ、ついつい興に乗っただけ。
  それでもプロ意識には欠けているし、
  素人や女の子が相手だ、ひょいとひねれる、
  何となりゃ事後承諾でもいいんじゃないかって
  どこかで思ってるような輩だったので。』

いるんですよね、
素の顔をさらけ出させるような、絶妙なインタビューの極意は
相手をわざと怒らせることだと、
いまだに信じてる素人みたいなインタビュアーとか…と。
これも後日にけろんと言ってのけたのが意外だった七郎次が、
すいませんとやたら恐縮し、自前のスタッフらとともに引っ込んでった
カメラマンを目線で追いつつ、

 「もう終わりましたよ、ヒサコ様。」

硬直しかかっておいでだった可憐な花嫁へと声をかければ。

 「  っ、〜〜〜〜〜。」
 「おっと。」

足元から落ちかかるのへ、さりげなく腕を伸べて受け止める。
傍目から見る分には、特に力みもしないままのこと、
撮影は済んだのに、
何を馴れ馴れしくも背中へ腕なんて回しているのだ
……としか見えないかもではあったが。

 「キュウゾウ。」

先程、彼女を導いて来た介添え役の男性が、
撮影班と入れ替わるように駆け寄って来たのへと、
にこり頬笑みながら待ち受けての、お嬢様を手際よく手渡すと、

 「ご依頼のお返し。確かに果たしましたvv」

 「??  ……あ。」

一体何の話だと、訊き返しかけた兵庫という男性が、だが、
怪訝そうな表情を途中で弾くとはっとする。
うら若き花嫁を譲られた手際や、間近に寄った相手の気配に
何かを思い出したらしかったからだろう。そして、

 「それではご機嫌よう。」

こたびもまた、あっと瞬いたそんなわずかな隙をつき、
それは麗しい風貌肢体をもって魅せた花婿さんは、
それほどの存在感があったにもかかわらず、
真昼の幻か霞のように、そこに確かにいたはずの事実ごと、
どこかへ持ち去ってってしまったのでありました。





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  *ええはい、いつぞやの不思議な護衛事件の逆襲といいますか、
   翻弄されたお嬢様の、秘密のおねだりと言いますか。
   日記でもちらりと書いた、
   ユーミンの“輪舞曲”を聴いてて思いついたネタです。


  いつぞやのお話

   お侍様 小劇場 extra DX
    『
サマーエンド・ラプソディ


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